自閉症スペクトラム息子の記録

発達障害という個性

病院での変化

あと3日と決めたものの

夜になると不安定は変わらず

 

 

ゲームがないのと

消灯が決まってる事に

かなりストレスかかってた

 

 

そんな中でも息子は変わり始めていた

 

 

体を動かす手段は

うつ病棟内の廊下端から端までを

歩く事しかなかった

 

 

だから結構みなさん

2人や3人でおしゃべりしながら

ずっと行ったり来たりして歩いて

1日を過ごしている

 

 

 

 

翌日、病院へ行くと

息子も一人でウロウロしてた

 

やる事がないから

朝からひたすら歩いてたという

 

 

入浴は2日に一度だったので

髪の毛もベタベタ  汗くさい

 

 

病室の夜は暑いらしい

 

 

体には小さな湿疹もチラホラ

 

 

 

仕事帰りに寄った日は

みんなで体を動かす日だった

 

 

室内だけど

ボールを使ったエクササイズや

卓球台(男の人に人気)

 

 

体操を指導する人も3人くらいみえた

 

 

 

前の時は

全く参加せず部屋にこもってたけど

 

今回は卓球の見学を2人でした

 

 

私たちは近くの椅子に座る

 

 

私、やっぱり話しかけちゃうので

すごいサーブ決まった時

 

「わぁ!すごくお上手ですね!」って

拍手したりして  笑

 

 

そうしたら

卓球やってた年配の男性の方が声をかけてくれた

 

 

「にいちゃん、一緒にやるか?」

 

 

『あっ、でも…

僕スリッパしかないので。』

 

 

危ないので

上靴か脱げない靴で

やる事が決まっていた

 

 

もう1人の相手の30代くらいの男性が

 

「足、同じくらいだな。

俺の貸してあげるよ、やってみな!」

って息子に言ってくれた

 

 

 

どうするかな?

やるのかな?

断るのかな?

 

 

 

息子

 

『初めてですけど、やってみます。

靴貸してください』

 

 

その言葉聞けて

ものすっごい嬉しかった!!

 

 

初めてにしては

以外といい感じに返してて

 

 

「なんか、にいちゃん

初めてにしては上手いじゃないか。  

運動やってたのか?」

 

とおじ様に聞かれた

 

 

(なんて答えるんだろう…

ひきこもってましたとか言うのかな?)

 

と思って聞いてたら

 

 

 

 

『乗馬を少しやってました』

 

 

そうだった!  忘れてた!!

乗馬してたじゃん   笑

 

 

そこから話が広がり

4日目にして初めて

息子は周りの人と

コミュニケーションが取れた

 

 

夕飯の時間になり

私、残ろうか?って聞いたら

 

『大丈夫。みんなと食べるよ』って

 

 

薬少し効いてきたのかな

今日はなんだか落ち着いてるようにみえた

 

 

 

処方

リスパダール内服液1ミリ×2

エチゾラム錠1ミリ×3

エビリファイ3ミリ

ネスタ錠1ミリ

 

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障害基礎年金の書類準備

 

院内でもう一度確認すると

 

息子はこう言った

 

『もう一度生活見直してみる

だから、年金申請してみようと思う』と

 

 

おおーーT^T

うれしいよ!

 

 

 

役所で手続き者類を一式頂き

結構な量

 

もろもろコピー取るものや

診断書

戸籍、住民票

申立書に委任状

受診証明書

説明文ズラズラ

 

 

 

そして説明を受ける

 

 

が!説明だけじゃ

理解できなくて

紹介していただいた本も買った

 

 

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とにかくこれを読んで

流れを理解し

社会保険労務士(社労士)さんは通さず

自分たちでやってみることにした

 

 

社労士さんに頼むと

着手金で何万とか

年金がもらえたら報酬は年金2ヶ月分とかだった

 

 

 

 

まぁ、ただ

息子本人は薬の副作用で

それどころじゃなかったから

 

聞き取って私が書くしかなかったんだけど

 

自分の字で書かなきゃならない署名は

力が入らないふにゃふにゃの字でも

なんとか書いてもらった

 

 

 

障害者手帳の時も

診断書を書いてくれたドクターに

本人のこれからの考えを伝え

診断書を書いていただくことにした

 

 

 

ここでの診断書代は

8、9000円くらいだったかな

高い…  

 

審査が通るか通らないかわからないけど

やってみなくてはわかんないしね

 

 

私が書く書類は

 

病歴、就労状況申立書

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初診日からの記録を書くもの

 

初診日は中2だったけど

生まれつきのものなので

 

私は生まれた時からの印象に残ってる事

日記やメモを読み返して

出来るだけ事細かに書いた

 

 

 

この用紙裏にも同じ枠が印刷されてて

A4サイズだった

 

 

2枚いただいたが

さらにコピーして

3枚分裏と表に今までの詳細を

枠いっぱいに書いた

 

 

本当に困ってきた事

社会と交わるのにはまだ時間がかかること

 

願いを込めて書いた

 

 

 

普通、ドクターが書いてくれた診断書には

封がしてある

 

 

私はそこをとめないで

見せていただくことを相談し

 

自分の記憶と

病院のデータの相違がないか確認させてもらった

 

 

記憶って曖昧だから

見せてもらってよかった

 

 

 

これらのものは

全てコピーしてとってある

 

 

 

 

一番助かったのは

区役所の方の知識!

 

特性アリな感じの方だったけれど

すごく丁寧にチェックしてくれて

 

 

恥ずかしながら

漢字の間違いや相違してない部分

抜けたところなどを指摘してくれて

やり直しさせてくれた

 

 

無表情な男性の方だったけど

この方のお陰で本当に助かった

 

全て準備は整った!

 

後は国の審査を受けるのみ

 

 

 

5月の20歳になる1ヶ月前に出して

結果は8月頃だった

 

 

 

2級認定していただけました。

 

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入院生活

うつ病

大人の方、年配の方が多い

 

 

入退院繰り返してる人もいるみたい

おかえりって

言われてたその男性は

とてもうつには見えない

 

 

けど、毎日息子の様子を見に通っていると

その男性の変化も見られ

やっぱり苦しそうだった

 

 

 

この中でもグループみたいなのは

なんとなくできていて

固まっていた

 

 

退院しては

その後新しく来られる人で

空室になる事はなかった

 

 

 

週に2度ほど

みんなで運動する日があるのかな?

 

 

あとはお昼に軽い体操を

やれる人はやる感じ

 

 

これといって特にプランもない

 

 

うつ病

休むことが治療ですもんね

 

 

なので

息子逆に気が狂いそう

 

そもそも

何もする気力は起こらないけれど

気を紛らわすゲームもなく

知らない場所で

この空間内だけで過ごす時間

 

 

薬の離脱作用なのか

ジッとしてられない

 

 

入院する前より顔は険しく

気分もかなり悪そうだった

 

 

 

不安で不安でたまらない息子は

その夜から、夜中の2時近くまで

私にメールしてくる

 


「全然眠れない

怖い帰りたい」を繰り返す

 

 


今回の目的は依存している薬を減らす事

 

合う薬を探すこと

 

死にたい気持ちが

楽になるようにという感じ

 

 


薬はいちいち飲む時に

看護師さんに声掛けしなくてはならず

言えない息子は少しの我慢を覚えるでしょうと

 

 


案の定気分が下がるとメールしてきて

 


「どうすればいい?言いに行くの?

はぁ…やだな」

 

 


2日目以降は会うたびに

 

『帰りたい!

ここから出して!

ストレス溜まりまくるだけで

何も改善される気配ない!!

気がおかしくなりそう』と

 

涙流して髪の毛引っ張って頼んでくる

 

 

あまりに夜中のメールが多いから
携帯は夜は没収された

 

 


日に日に

『薬効かないんだ… 全く寝れない

過呼吸頻繁に起きるし

お腹もずっと気持ち悪い

いつもいつも吐き気がする

 

 

ここは地獄だよ…    

 帰りたい

ちゃんとするから、約束するから

頼むから

早く迎えにきて…』

 


こんな息子初めて見た

 


自分を叩きたいのを我慢する

保護室に行かされたくないから

 

 

話す人もおらず

何も参加せず

ゲームもできなくて紛れるものがない

 


これがまたかえってストレスかなりかかってるなと感じた

 

 

毎日置いて帰ってくるのが

私も心臓えぐられそう

 

面会時間ギリギリまで居て

しばし車の中で泣いてから家路へ

 

 


ここに入る前までしばらく出てなかった

パニック

過呼吸も常に出てる状態で

かなり辛そう

気をぬくと一気に来る感じ

 


昨夜はそれと一晩中戦ってたらしい

 

 

 

あっ、でも
この頃から看護師さんに伝えることは

できるようになってた!

 

 


ドクターとの診察日

 

「息子さんの特性上

このまま続けてると逆効果のような気もします

息子さんは退院を望んでいるので

通院という形にして

今日されますか?」に対し

 


息子はこう答えた

 


『本当はすごくすごくつらいです。

一刻も早く出たいです。

退院したいです。

その気持ちは変わりません。

でも、やっぱり…

期限決めてあと3日頑張ってみます。』

 


この心境の変化に先生も私も驚いた

 

 

本人に聞いてみると

 


『今朝すごく乱れてた呼吸

自分が知らなかった対処を教えてもらった

 

時間はかかったけど、自分で対応できた

これは少しでも克服してから出たい』

 

 


入院して気づいたことや

退院後の生活目標

どんだけぶりに紙に字を書いたかな

震える手で頑張って書いてくれた

 

 

目標の最後に綴ってあったのは

 

【死にたいとは今は思ってない

死にたいは僕の苦しいの最大の表現

 


薬はちゃんと管理する

ここへはもう戻りたくない

 


つながってくれた人たちにまたつながりたい】

 

 

うんうん!


あと3日頑張れ!!

 

 

残ると決断してから

やっとじっくり顔を合わせて

話せた日

 

 

この日は私が帰るときに

看護師さんに付き添われ

初めて入り口まで見送ってくれた

 

 

私が出ると鍵がかかるドア

 

 

その向こうから

(明日も早くきて)と口が動いた

 

 

 

(病院にて)

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入院初日

主人と待ち合わせし

3人で受付へ

 

ここの精神科病院

このあたりでは一番古く

私が学生の時でもかなり古くて

錆びた鉄格子もあって…

 

雰囲気がすごーく怖かった

 

 

友達が看護師として

就職した時に話を聞いてたけど

またそれも印象的で

 

 

でも、数年前に全面改装したみたいで

ネットでも評判は良かったし

職場から案外近いという理由で

選んだ

 

 

 

入ってびっくりした

 

 

ホテルのロビーか??

ってくらい綺麗になってたから

 

 

以前私が個人的に来た時

イスも長椅子で破れてたし

照明も蛍光灯で

コンクリート壁で

冷たい感じだったのが

 

 

ソファーふかふか

壁ピカピカ

光りはあったかい感じ

 

立派な絵も飾ってある!!

 

雰囲気もなかなかいい

 

 

 

受付を済ませると

ここでの主治医の先生とご対面

2階の診察室前まで案内された

 

 

息子は自分の荷物を持ち

私と主人の間を歩く

 

となりに座り

足は落ち着かずに揺れていた

 

 

しばらくすると呼ばれ

中に入る

 

 

若い女性の先生だった

 

てっきり男性の年配の方だと

想像してたもんだから

なんか嬉しくなった

 

 

診断書と紹介状と

通っている病院の先生からの手紙を

読んでくれて

 

 

息子にゆっくり話しかける

 

「よく決心したね」

 

 

「今回は自分に合う薬を探し出すことと

安定剤を本来の使い方に戻すこと

 

生活面を整えること

睡眠リズムもかなり悪いので

戻していきましょう。」

 

 

息子に確認を取ると

彼は『はい』と返事をした

 

 

入院期間のプランを立てましたと

先生からいただいた用紙には

 

 

強制入院ではなく

現在は任意入院扱いにしておきます

 

期間は1ヶ月から3ヶ月

 

物を投げる、自傷行為希死念慮がある為

個室の隔離部屋からスタート

病棟は統合失調症

 

と書かれてあり

息子びびった!

 

 

 

私の袖を引っ張り

頭を横に振った

 

 

 

察した私は先生に聞いてみた

 

 

 

「できましたら、

部屋や病院内を見せてもらってから

決める事は出来ますでしょうか。

 

個室は多分この子には難しいかと。」

 

 

 

先生は

「診断書だけを見て判断したものですから

それでもいいですよ。

初めてだし、

見た感じ大人しそうですもんね。

 

暴れたりしないかな?」

 

 

 

息子は苦笑いして

『大丈夫です、見せてもらいたいです』

と答えた

 

なんか話しやすそうで

やり取りも案外スムーズだったので

後で息子に聞くと

 

 

『先生の言葉が聞き取りやすい』

とのこと

 

話し方のスピードと音程かなー。

 

 

 

面会時間や病院内規定をある程度聞き

案内された

 

 

統合失調症の病棟  個室

なんだか少しあかりは暗めで

天井も高く

すごく閉鎖された感じがした

 

 

 

息子の不安そうな顔を見て

 

提案されたうつ病棟も

見せていただく

 

 

 

あれ?こっちはすごく明るい!

窓も沢山あるし

(すりガラスで10センチしか開かないけど)

 

個室ではなく

3人部屋の窓際を見せてくれた

 

 

 

『まだここの方がいい』

 

 

ナースステーションも目の前だし

私もここならいいと思った

 

 

ここでは主治医の先生ではなく

男性のナースの方が

注意事項を話してくれた

 

 

 

デジタル息子の苦痛が始まる

 

 

許可が出るまで

ここ病棟から出られない事

 

携帯はいいが充電コード

靴の紐

ベルト

ありとあらゆる

ヒモ類は持ち込み禁止

 

テレビはコミュニティーに一台

チャンネルは変えられない

 

食事はみんなと一緒にとること

 

 

9時には消灯

6時起床

 

ネット環境がない為

もちろん携帯ゲームも出来ない

Wi-fi環境ないところではあまり使わないように

以前から言ってあった)

 

本も一応持ってきたけど…

 

薬が切れると字を読める状態じゃなくなる

 

聞いてるだけで

私まで不安になってくる   汗)

 

 

逆転している息子は

耐えられるだろうか

 

 

携帯の充電は

一番短い5センチ程度の線で

モバイルバッテリーならいいと言われたので

買い足し(´ー`)

 

 

お見舞いにくる私たちも例外ではなく

入り口で鞄ひっくり返して

検査される

 

 

私の靴も紐なしで

 

 

そうそう!履いてるパジャマの紐も

撤収されるので

ゴムがゆるくなって紐で縛ってたから

買い足した…

 

 

これくらいしないと

精神的に参ってる人には

命に関わるんだと思う

 

ここではみな戦ってるのだ

 

 

息子は部屋着に着替えて

環境が変わった不安で

落ち着きがなくウロウロしだした

 

 

薬もそろそろ切れて

今の時間3錠、4錠飲んでる頃だ

 

 

 

でもここでは

寝る前の投薬まで我慢しなくてはならない

 

 

息子の表情が変わってくる

顔がこわばる

 

 

夕食の時間まで居たけど

彼はほとんど残した

 

 

面会時間も終わるので

私は家に帰る事にした

 

うつむいて

体を揺らしている息子に

 

 

「明日また仕事終わったら来るね」

 

 

 

『早く来て』

 

 

 

車に乗るけど

なかなか発進できなかった

 

前がよく見えないくらい涙が出た

 

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入院準備

入院する1週間前

何とかデパスを少しでも減らしたいと

 

代わりになるような薬を

試しに飲むことにした

 

リスパダール内服液も加わった

 

 

出来るだけそちらを優先し

デパスを抜く事

 

 

 

 

んーー。でも即効性が感じられないため

なかなか難しい

 

 

居ても立っても居られない

ウロウロが始まると

どうしても不安が煽り

 

あらゆる事を考えてしまう

 

 

夕方から夜になるにつれて

それは強くなるので

 

逆に増えてしまった(´-`)

 

 

いつでもやめられるから

とドクターに言われてたけど

 

 

確かに海外に行った後、やめれたけど

 

 

怖いという気持ちからは逃れられず

苦しいから死にたいが増殖し

薬でおかしくなってもいい

と思ってる状態だった

 

 

でもリスパダールで頑張れる日もあったり

その日その日を頑張ってた

 

 

入院前日

久し振りに誰かと話したいと

フリースペースへ出向いた

 

 

突然の訪問にも

いつも暖かく出迎えてくれる人たち

 

ここでの時間で

冷静さを少し取り戻したよう

 

たくさん話すわけではないけど

やっぱり出てくる言葉は単語ばっかりだけど

 

来てよかったねって

帰りの車内で話した

 

 

 

そして入院日  2018年5月下旬

 

午後3時に病院前で

仕事から抜けてくる父親と待ち合わせしている

 

 

その前に

元気のない息子だったけど

ようやく覚悟もできた様子

 

言葉数は少ないけど

お昼は家で食べたいと言うので

頑張ってキンパを作った

 

お昼からこんなの作るなんて

私には珍しいこと

 

 

いつもなら部屋で食べるのに

この日は私と一緒に食べた

 

 

『おいしい…』って言ってくれた

 

 

怖いだろうな

不安だろうな

どうしてこんな事になったのかな

わたし何してたのかな

 

 

洗い物しながら

涙隠した

 

でも今やれることをやる!!

 

陽気なおかあちゃんでいたい

 

まぁ変な話

素でいればいいんだと思った   笑

 

 

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息子の涙

不安が襲う毎日

 

目的を達成した後のぽっかり感

 

うまく効いていない薬の作用に

息子は絶望感に襲われていた

 

 

彼は幼い頃を除いて

よっぽど泣かない子だった

 

 

ある時期から
喜怒哀楽に乏しく

 

とにかく無表情

 

あっ、でも

嬉しい時とか

親の私にはわかるけど

 

 


だから、息子泣くってよっぽどのこと

 

 

 

中学のあの日

顔を机に埋めて

袖がビタビタになるのを見て

初めて泣いてるとわかった

 


これは学校が限界だと思った時

 


絶対に顔を上げなかった

 

 

 

そしてあの夜

 

またキッチンに来て

部屋に戻らず

拳で台を叩き

 

 

20歳になった息子が6年ぶりに泣いた

あの時と同じ顔を伏せて

 


メガネのレンズに

たくさんの水滴

とめどなく出て来る涙に本人も戸惑っていた

 

 

狂ってしまいそうな毎日

 

 

たくさん飲んでしまう

安定剤を抜かなきゃ

生活の見直ししなきゃ

何も始まらなかった

 

 

家では甘えてしまうため

強制的に計画的にやってみようと

来週から入院することを決めた

 

自分から決めた

 

主治医からも

依存症だと言われていたし

 

 

 

 

おそらく入院への不安

 


体に思いっきり力を入れて

拳を強く握り

泣いてた

 

 

 

私、とにかく抱きしめたかった

 

 

息子は手で私を払いのける

 


それでも強く背中を抱きしめてた

 

抵抗してこなかった

 

 

息子の体は震え

手は冷たかった

その手を握り温める

 

今でも思い出すと

泣けてきちゃうあの光景

 

 

 

『怖い。やっぱり怖いし

こんな事しても変わるのか?

障害ってなくならないだろう?

治らないだろ?』

 


息子の否定的な言葉に

いつもなら受け入れて後ずさりしてた私も

そういうの取っ払らった

 

 

 

大きな覚悟がないと

病院に預ける意味がないと思ったから

 

 

息子と向き合ってこなかった主人も

立ち会わせ

 

 

今まで私が推測でしかわからなかった

息子の気持ちを聞いていく

 

 


自分は何やっても中途半端

興味持ってもすぐに辞めてしまう

本気で楽しいと思う事に出会ってない

人に話しかける事が出来ない

学歴もない

働いてもない

薬も効かない

 

 

 

 

一つ一つに対して

まだまだ息子が世の中を見ていない

狭い世界にいることを

 

ヘタな言葉だけど

私なりに

私の知っている人達を例えに出して答えた

 


息子は涙を流しながら聞いてくれた

 


届いたところ

届かなかったところ

あると思う

 


何言ってんだこいつって思われててもいい

 

とにかく私がいつもの自分じゃなかったくらい

言いたかった事が言えたし

彼も聞いてくれた

 

 

 

涙、鼻水なんてどーでもいい感じ

まぁ、ひどい顔だったと思う

 

 

 

あなたが一人で大丈夫と言える日まで

私たちは支えると約束した

 


初めの強く握られていた拳はほどかれ

私の服を掴み

体の力も抜けていた

 

 

 

うまくいく保証もないけど

入院が逆効果になるかもしれないけど

息子が訴えてくれた本音無駄にしたくない

 


病院に一度も来てくれたことのない父親

今回は3人で行くと約束してくれた

 

「オレも一緒に行くから心配するな」と

 

 

 

 

 


なんでも遅い我が家

いやいや遅くないよね

 


泣けてよかったね

 

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副作用アカジシア

薬を変えてからしばらくして

息子に異変が起こる

 

 

ジッとしていられなくなった

 

 

最初はまだ椅子に座ってても

足を揺するくらいだった

 

そのうち

ソワソワざわざわ

ため息もたくさんつくようになった

 

 

 

でも、気持ちが少し上がってきて?

上げようとしていた感じもするけど

 

予約していたライブは

行けそうな感じまで来た

 

 

環境を変えてみようと話してたところ

知人が快く息子を受け入れてくれ

 

なんと1ヶ月間も

居候させてくれました

 

 

本当に普通はなかなか

そんなこと引き受けてくれないです

感謝です

 

 

 

私もその間すごくゆっくりした時間をもらい

 

息子のいない部屋を

大掃除

 

 

彼も家族以外と

生活を共にする事を

この今の状態で体験することができた

 

 

何しろ私と離れて過ごして欲しかった

 

 

 

20歳の誕生日がその間にあった

 

私が東京まで出向き

前から行きたがっていた

モンハンカフェを予約し

初めてのお酒で乾杯できた

 

 

小学6年生以来の誕生日のお祝い

うれしかった

 

 

ライブはあちらに行ってる間に行った

でも途中で出てきたと言っていた

 

人混みに参った様子

 

 

『ライブビューイングが一番いいや』

そう言っていた

 

 

1ヶ月後帰ってきてしばらくは調子もよく

知人に教えてもらったチャーハンを

私にご馳走してくれた

 

 

1回目は思った通りではなく

不満そうだったけど  笑

 

 

とてもとても美味しかった

感動して涙が出ちゃうほど

 

 

 

そんな穏やかな日々もつかの間

減らそうと努力したいたデパス

また量が増えていく

 

目標を終えて

どうしようもない不安感が襲う

 

 

 

ゲームでさえ

持続してできなくなってきたし

家の中をウロウロ歩き回るようになった

 

 

 

頭はいつも眠たくて

集中力も散漫で

 

20歳を過ぎてしまった今

自分は何をどうして行けばいいのか

 

 

今までにない苦痛が

彼を支配した

 

 

自傷の回数も増え

 

薬も全く効いておらず

どれだけ飲んでも

落ち着くことはなく

髪をひっぱりながら歩き回る

 

 

 

この症状が薬による副作用と知ったのは

もう少し後だった

 

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